クロガネ・ジェネシス

第22話 合流 レジーの兄弟
第23話 ギンの疑惑
第24話 クロウギーンの召喚
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第ニ章 アルテノス蹂 躙じゅうりん

第23話
ギンの疑惑



 その日の夜。
「遅い……」
 グリネイド家の屋敷に入ってすぐのホール。そこで褐色の肌の女性、アマロリット・グリネイドはある者の帰りを待っていた。
 時刻は夜中の22時。彼女のそばで同じくある者の帰りを待っているユウを除けば、全員就寝している。ホールのシャンデリアの明かりはすでに消されていて、蝋燭《ろうそく》の明かりがわずかに照らすだけとなっている。 「どうしたんでしょうね……ギン」
 ギンと共にアマロリットを主人とするユウが口を開く。
 1週間後の舞踏会。それにに参加するために着るアマロリットのドレスは、新しく注文していたものだ。ギンは彼女の頼みで、そのドレスを受け取りに行っていたのだ。しかしギンが屋敷を出たのは、午後18時過ぎ。すでに4時間が経過している。
 ただドレスを取りに行くためにしては時間がかかりすぎている。
「どうせまた酒でも飲んでるんでしょうけど、あ〜心配だわ。あいつ敵を作りやすい性格してるから、変なトラブルに巻き込まれていなきゃいいんだけど……」
「それはないと思いますよ。だって、アマロ様と約束しているんですもの。無用な喧嘩はしないって」
「そうなんだけどさ……」
 ギンとユウはアマロリットに対して誓っている事柄が存在する。
 それは、無益な暴力は振るわないこと。
 それ以来、ギンもユウも暴力を振るうことはしていない。よほど特別な理由がない限りは。だからギンが暴力沙汰を起こすようなことはないと思う。しかし、ギンの性格が性格なだけに、アマロリットはいつも心配なのだ。
 そうしてしばらくたった頃だった。
 屋敷の扉がゆっくりと開いた。そこから現れたのは、ドレスを包んでいる紙袋を抱えたギンの姿だった。
「ギン!」
 その姿を確認したアマロリットはギンに駆け寄る。
「すまねぇな。遅くなった……」
 軽く謝りながら、ギンはドレスが入っている紙袋を手渡す。
「どうしたこんな時間までかかったの?」
「別に……」
 ギンはそう適当にはぐらかして、そそくさとその場を後にしようとする。
「ギン!」
 声を荒げるアマロリット。しかし、ギンは特にそれ以上悪びれる様子はない。
「お前が心配しているようなことはなにもねぇ。だから安心しろ」
「……」
 ギンは自分のことを詮索されることを極度に嫌う。そんなギンが自分に何かを隠すようなことは今までだってしょっちゅうあったことだ。これ以上追求しても恐らくギンは何も答えないに違いない。
「わかった。あんたを信じるわ」
「わりぃな……」
 ギンはそういって自室へ向かった。ユウもその後を追う。
「じゃ、じゃあおやすみなさい、アマロ様」
「ええ……」
 ユウとギンの姿は2階の廊下へ続く扉の向こうへ消えていった。

 赤い絨毯《じゅうたん》がしかれた長い廊下。ユウとギンは自室目指してゆっくりと歩く。
「ユウ……」
「……?」
「俺から血の臭いがしてたってことは、誰にも言うんじゃねぇぞ?」
「……!」
 ユウは一瞬目を見開いた。亜人の大半は、人間には嗅ぎ取ることのできない微妙な臭いを嗅ぎ取れる。
 ユウ自身、そのことを誰にどう切り出そうか考えていたところだった。ギンの体からは亜人の血の臭いがしている。恐らく殴りあいでもあったのだろう。
「何かあったの?」
「そのうち話す」
 それだけ言い残してギンは自室へ向けて歩いていった。

 それから1週間後。
 この日は、貴族の社交場である舞踏会が開かれる。
 参加するグリネイド家3姉妹のうちの2人、アーネスカとアルトネールと火乃木。彼女達4人は屋敷の更衣室で着替えをしていた。舞踏会に参加するためのそれぞれのドレス姿へ。
「うわぁ〜……!」
 ドレッサーに設置された鏡に映る自分の姿に、感激している少女が1人。
 白銀火乃木《しろがねひのき》だ。
 彼女はユウと同じピンク色のチャイナ風フォーマルドレスを身にまとっていた。肩と背中は露出し、ドレスには白百合《しらゆり》の花の刺繍が施され、火乃木の黒髪とよくマッチしている。
「自分とは思えない……」
 過去、アーネスカに服装をコーディネートしてもらった時も感激したが、今回のドレスアップも火乃木に感激をもたらすには十分な効果を持っていた。
「似合ってるわよ、火乃木!」
「アーネスカも似合ってるよ」
 アーネスカもまた普段はしないドレスアップをしていた。
 肩と背中を露出し、裾の長いグローブを着用している。普段着用している法衣服同様の濃いめの青いドレスだ。流麗なセミロングの髪の毛と相まってよく似合う。
「2人とも似合ってるわよ。ところで、私の方はどうかしら?」
『おお〜!』
 火乃木とアーネスカの声が重なる。アルトネールは薄いスミレ色のドレスを身にまとっていた。
 胸元を強調し、肩と背も露出している。アーネスカ同様のスレンダーな体型を強調しており、身長の高さを錯覚させている。
「すご〜い! アルトネールさんモデルみたいだよ〜!」
「同じ姉妹とは思えないわ……」
 アーネスカは自分の姉の姿に絶句した。特に驚くべきは胸だ。血がつながっているはずなのに、アーネスカとアルトネールの胸の大きさは、雲泥の差だ。
「ところでアマロ姉さんは舞踏会に参加しないの?」
 アーネスカは、なぜかこの場にいない姉のことを気にかける。
「もちろん、参加するわよ。ただ、別件で用事があるとかで、一緒には行かないっていってたわ」
「ふ〜ん……」
 アーネスカはどこか釈然としない表情でそう返す。
「じゃあ、みんな着替え終わったことだし、行きましょうか」
 ドレスアップした3人は、更衣室を出て、王宮へ向かった。

「なぜだ……」
 グリネイド家の屋敷。そのホールの階段に適当に腰掛けている亜人がいる。
 白い巨躯の亜人、バゼルだ。彼はドレスアップした3人を見届けてからずっと階段に腰掛けて貧乏揺すりをしている。
「どうしたんですか? バゼルさん?」
 2階の吹き抜けから、その様子を見つめていた、猫の亜人、ユウが問う。
「妙な胸騒ぎがする……」
「胸騒ぎ?」
「ああ……勘に近いものだがな。何か……何かが今夜起こる気がする……俺の気のせいだといいんだが……」
「奇遇ですね……」
「……?」
 ユウはゆっくりとバゼルがいる階下へと降りていく。
 魔光の明かりが、彼女の髪の毛に反射する。
「私も……同じ気持ちです」
「そうか……。ところで、零児とギンはどこへ行った?」
 舞踏会に参加するアルトネール達を見送って以来、零児とギンはなぜか屋敷から姿を消していた。バゼルにギンや零児の行動を制限することなどできないが、こういう胸騒ぎがするときにこういう事態が起こると、何かあったのではという不安もでてくる。
「わかりません。ネルさんと、シャロンちゃんは自室でくつろいでますけど……」
「そうか……何も起こらなければいいのだがな……」
 バゼルはホールの窓ガラスから外を見る。満月を覆うように薄い雲が広がっている。その満月は淡いグリーンに輝くエメラルドムーンだった。

 アルテノスの中央に建てられた居城。城の周囲は水に囲まれており、船か飛行龍《スカイ・ドラゴン》、または海龍《シー・ドラゴン》がなければその入り口に立つことはできない。
 しかし、今回の舞踏会のようなイベントが行われる場合は橋がかけられる。その橋は普段は水底に沈められており、必要なときだけ浮上するようになっている。
 城の外観は赤く、縦長の四角柱になっており、城と称するには少々変わった形をしている。天辺は尖っており、さながら大きな槍が上向きに固定されているようにも見える。城というよりは塔と称する方が正しいかもしれない。
「うわ〜大きい……」
 正門の前の端から、その巨大な城を見上げる少女が1人。ピンク色のフォーマルドレスを身にまとった白銀火乃木《しろがねひのき》だ。
「何度みても、お城には見えないわね」
 火乃木と同じように、巨大な塔のような城を見上げてアーネスカ・グリネイドが皮肉げに言う。
「2人とも。おしゃべりばかりしていないで、早く中に入りましょう。今日は雨も降り出しそうだし、あまり外に出ていると風邪を引いてしまうかもしれないわ」
 アーネスカの姉、アルトネールを先頭に、火乃木とアーネスカの2人は正門へと向かう。
 正門前の兵士に1度呼び止められるも、アルトネールの顔はよく知られているらしく、彼女の顔を確認しただけで城の内部に入ることができた。
 舞踏会の会場は正門から入ったロビーから、もう1つ扉を隔てた大きなホールで行われている。既に多くの貴族がその場に居合わせている。全員が礼装に身を包み、その場に並んでいる食事に舌鼓を打つ者や、既に社交ダンスを嗜《たしな》んでいる者もいる。
 会場は豪華なシャンデリアに照らされ、凡人には立ち入ることを許されぬような荘厳な雰囲気に包まれている。
「あ、アマロちゃん! マリナちゃん!」
「あ、姉さん」
 アルトネールがアマロリットとマリナの2人の姿を見つけ歩いていく。
 アマロリットは裾の長いオレンジ色の裾の無いワンピースに、腰巻をつけて体を細く見せるドレスをみにまとっていた。普段の格好と大差ないように見えるが、褐色の肌とオレンジ色の組み合わせがエキゾチックな雰囲気を漂わせている。上半身の露出が増えているためその魅力は普段より際立っている。
 マリナはいつもとは違う、赤いドレスだ。スカート部分がふわりと膨らんでおり、活発さと高貴さを両立させている。 「2人とももうきてたのね」
「ええ。今日はマリナちゃんと一緒にね」
「アルトネールさん、お久しぶりです」
 アルトネールとアマロリットが軽い挨拶を交わす最中、マリナがアルトネールに軽く頭を下げる。
「ええ、お久しぶりね。お父様は元気にしてらっしゃる?」
「はい。今日こそは花婿を連れて来いって釘を刺してましたよ」
「見つかりそう?」
 アルトネールはやや声を潜めてマリナに問う。
「それが全然。一応候補で考えてた人が……」
 3人の会話のやり取りを見ていて完全に取り残されている感のある火乃木とアーネスカ。
 ――そういえば舞踏会って何するところなんだろう?
 そして火乃木は唐突にそんな疑問を心の中で唱えた。
 舞踏会がダンスパーティーであることは知ってる。男性女性わけ隔てなく礼装に身を包んでやってくることも知っている。しかし、そうやっていい服を身にまとってすることって一体なんだろう? 火乃木は今更になってそんなことを思った。
 火乃木はそれが気になってアーネスカの耳元に口を近づける。
「ね、ねぇアーネスカ……」
「なに?」
 アーネスカは適当なテーブルに置いてあるフライドチキンを口に含んでいた。
「舞踏会って……何するの?」
 その瞬間2人の間に僅かな沈黙が生まれた。アーネスカは口の中のフライドチキンを咀嚼しながら目線を泳がせる。そしてその僅かな間の後に火乃木の問いに答えた。
「別に何もしないんじゃない?」
「え?」
「男が女を引っ掛けたり、その逆だったり、実業家が仕事の間口を広げるためにお客になりそうな人に声をかけたり……。ようするにそんなことをするところなんじゃないの?」
「じゃあ、ボク達がドレスアップする意味は?」
「そういう服装を披露して、多くの人達に顔を覚えてもらうとか、逆ナンとかすればいいんじゃないの?」
 アーネスカはかなりいい加減かつ、適当に答える。しかし、全てが全て間違いと言うわけでもない。もちろん、全て正しいというわけでもないが。
「ま、あんたの将来に繋がる何かが得られればいいんじゃないの? 例えそういうのが見つからなくても、あんたにとってデメリット自体存在しないんだからとりあえず、貧乏臭く見えないように振舞ってるだけでもいいんでない? ま、ダンスパーティーなんだから踊ってればいいって考え方もありっちゃありかもしれないけどね」
「ふうん」
 火乃木はアーネスカの言葉をそのまま飲み込んだ。火乃木はこの舞踏会が、自分にとって退屈な時間になるような気がした。

 夜空に輝くエメラルドムーン。それが雲の切れ間を縫って、僅かずつ大地に降り注ぐ。暗雲の合間からこぼれる光はそれだけで幻想的な雰囲気をかもし出している。
 そんな中、亜人の集団がいずこかへ向けて歩いていた。
 狼、猿、虎、鹿、その形態は様々なれど、人間と同じ二足歩行でありながら、そういった特徴を備えている亜人達。アルテノスで亜人が闊歩《かっぽ》することは珍しいことでもなんでもない。しかし、10人前後の亜人が集団で歩くとなるとやはり目立つ。それは人間も同じだろう。
「明りが見えてきやがったな……」
 先頭を歩くリーダー格の男が呟く。天然パーマがかかったアフロヘアーに丸メガネをかけた、細身で長身の男。その見た目は普通の人間に見える。否、人間にしか見えない。
 亜人の中には人間として生きることを決意し、カード魔術《マジック》によって人間に変身し、人間としての生を謳歌《おうか》しようとするものもいる。火乃木もその1人だ。
 リーダー格の男。彼の名はギン。彼は、アルテノスの中心にそびえる王宮を睨み据える。その表情は真顔そのものだ。
 王宮の前の橋。その前に来て、集団は足を止める。
 そして、ギンが1人でその橋を渡り始めた。
「お待ちください」
 正門の前には2人の兵士が直立している。どちらも鉄の兜と鎧を着ている。その2人のうちの1人がギンを止める。
「本日はアルテノス舞踏会です。参加するには……」
「んなこたぁわかってる。だからこうすんだよ……」
 次の瞬間、兵士の体が高々と宙を舞った。ギンが兵士のアゴをアッパーカットで殴り上げたのだ。
「き、貴様……!」
「わりぃな……舞踏会参加者を殺さないとあいつらの気が治まらねぇらしいんだ。だからちょっくら失礼するぜぇ……」
「そんなわけに行くか!」
 しかし、兵士の抵抗は虚《むな》しいものだった。もう1人の兵士はギンに右手を掴まれ、投げ飛ばされ、橋の下へと落ちていった。
「ま、死ぬこたぁねえだろう……」
 そういいつつ、ギンは正門の扉を開いた。

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